
今日もウワノソラヒルズのスタジオからお届けします、はい、青山バジルです。
台湾にやってきたバジル。
ビジネスにおいて色々と感じたことがあるので、書いておきます。
台湾では質問が出る
仕事である講演に出席しました。
講師は日本の有名な方々なのです。
日本ではありがたいことに普段聞いている講演内容です。
ところが、唯一一点違った点がありました。
質問が出るんです。
考えている、ということです。
はい、質問などございましたら・・・ないですか?ないようなので今日はこれで。というのは日本の典型的なセミナーではないでしょうか?
そういうムードではなかったのです。
質問はありますか?あるんです。
というか、みんな何かしら聞きたいことってあるんですよ。
ないとしてら、それは質問しよう!というくらいに身を乗り出していない。
つまり、傍観者なんですよね。日本の人はこれが多いと思いました。
日本という島国にいれば、特に主張しなくても良いです。
むしろ、主張することは悪のように捉えられてしまいます。
日本では主張は悪
他のみんなとの調和をとって、空気を読んで、あまり自分の意見を言わずに行動する。
これ自体はとても素晴らしいことだとは思うのですが、あまりにも自分の言いたいことや主張を押し殺してしまうと、いざ何か発言する、という場面で言葉が出ません。
戦後のアメリカに追いつけ追い越せ!と真似をして生きていく時代だったらこれでもよかったのかもしれませんが、もうそういう時代ではありません。
アメリカにもイギリスにもないものを生み出さないといけない、そんな時代。
私はこう思いました!という意見を持つこと。
私は、それでこんな疑問があるんです!と疑問を持つ。
私は、それを聞きます!とちゃんと質問するということ。
質問力ってなかなか難しいと思います。質問はエネルギーがいるし、質問は頭を使うし、質問は大変なのです。
傍観者としてただ聞いていることはどれだけ楽でしょう?
でも、質問しようと思って聞いているのと、へぇっと傍観者で聞いているのとでどっちが身に入るか?それは明白ですよね。
英語で質問する
海外ゲストがいたわけです、講師として。
その時の、はい、質問ありますか?に対して聞いていた方の中から手が上がりました。
すると、英語での質問が始まったのです。
これは一人ではありません。次の方も、また次の方も、英語で質問していました。
台湾は日本ほど大きな国ではありません。
だからこそ、国を出てどうビジネスするか?という意識を小さなころから持っているように思います。
みんなそうとは言いませんが、東京で生まれ育ったのと、秋田で生まれたのとでは随分と環境が違いますよね。
同じように台湾という、国時代が狭くて外に出てビジネスするのがスタンダード、という環境ならそういう人が増えるのは当然です。
生半可でも日本語はみんな話せるから困らない日本。
英語くらい最低限身につけないと食べていけない危機感がある台湾。
ちょっと語弊があるかもしれませんが、もう日本は抜かれていますよ。
質問が全部英語だったところを見ただけでもそう感じて、私はブルブルっと震えました。
はっきりしてる
イエスか、ノーか。日本人の情緒的というか曖昧というか、察してよ?という文化。
もちろん美徳というか、素晴らしい部分はたくさんあります。
でも、どっちなの?と詰め寄ってしまうと台湾の方はおっしゃっていました。
そうなんです、国際的にはダメならダメといってよ!という考えなのです。
かくなる私、妻にこう言われたときに気づきました。
「もうちょっと食べる?作ろうか?」
妻は、気をつかっておつまみもう少し作ろうか?と。
私はお腹いっぱいでした。
「ありがとう、嬉しいな。大丈夫だよ、うん。」
そう言ったら妻は言いました。
「ええ?大丈夫って、いるの?いらないの?」
まあ、いらないということを汲み取ってくれるだろうと思っていたんですね。で、私も断るってのもなんか申し訳ないかなと思って、大丈夫だよ、といってしまった。
それがよくわからないと言われたのですが、考えてみたらそうなんです。
妻のお母さんが家に来て、食べる?と言われました。
いりません!とはっきりいえるでしょうか?
いえませんよ?
でも無難に、交わすんですよ、日本人は。
これは良いのか悪いのか?
少なくとも台湾や海外の人からみると謎のようです。
以上、ウワノソラヒルズのスタジオから、海外移住してみたくなった青山バジルがお届けしました。
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